| SD(システムダイアリー) と あいうえおキーボードのナラコム |
システムダイアリー誕生物語第1章 システムダイアリー誕生物語第2章
システムダイアリー誕生物語第3章 システムダイアリー誕生物語第4章
完成した手帳は満足すべきものだった。
「やっぱり自分の気がすむようにつくったものはいいなあ」
みんな大喜びだが、五千個のカードボックスが到着して、研究所の一室を占領してしまった。
「ようし、片っぱしから売ってみせるぞ」
「誰だって一目ぼれするにきまってるよ」
コンピュータの技術者たちはセールスマンに早変わりしたが、結果は思わしくなかった。あらゆるコネクションを利用して二千個を売ったものの、そのあとはさっぱりだった。三千セットをかかえて、年を越すことになってしまったのである。
奈良がカードボックスの山に埋もれて仕事をしていると、妻の起世子がやってきた。
「私が売りに行きましょうか」
「そんな・・・」
彼女は中学一年をかしらに三人の子供を持つ母親である。もちろん商売の経験は皆無だった。
「きみにできるはずがないよ。所員たちもとうとうアゴを出した。自信作だからといって右から左へ売れるものじゃないんだ」
「でも、当たってみなきゃわからないでしょ」
起世子は和服を着て、買い物袋の中にニ、三個を入れると、ただ一人街に出た。虎ノ門あたりを歩いているうちに、きれいな文房具店が目に入った。つかつかと入っていって、
「これ、売っていただけますか?コンピュータの技術者がつくった『システム・ダイアリー』なんです」
奥様然とした女性からいきなり商談を持ちかけられて、店員はびっくりした様子だった。そのショックで、彼は売り込みを断るきっかけを失った。話を聞いてみると、情報時代にマッチした製品である。
「おもしろい。おいてみましょう。掛け率はどのくらいですか?」
「掛け率ってなんでしょう。私、初めてなものですから・・・」
店員はあきれ顔で、メーカーが小売店に卸す値段だと教えてくれた。
「困ったわ。いくらにするのか、主人と打ち合わせて来なかったものだから」
「へぇーッ、普通は七掛けにしてくれなんてそちらが交渉するんです。定価が千円なら七百円で納めたいというわけです」
「では、それでお願いします」
素人はこわいというが、六掛けが常識といわれる文具業界で、彼女はなんとなく七掛けを通してしまった。
それをきっかけに、起世子は都内の有力な文房具店をまわって、同じように商談をまとめた。この内助の功がなかったら、「システム・ダイアリー」はごく一部の人たちの評価を得ただけで、何十年も埃をかぶっていたことだろう。
その一年、売れた個数はいくらでもなかったが、有名店を経由して手帳愛好家の手に渡ったことは幸せだった。「コンピュータ機構をフルに利用した日記帳が出現した」
という話題が、マスコミにキャッチされたのである。
十一月の末、週刊誌の貴社が研究所へやってきた。
「実は『システム・ダイアリー』の愛用者からたくさんの賛辞を聞いたものですから」
記者は財界人や大学教授の名をあげた。奈良はキツネにつままれたような思いだった。記者の取材ノートには、一流企業のビジネスマンの名前がいくつも記されている。
(なんにも知らないうちに、私の手帳がすばらしい知人をつくっていたのか・・・)
それはうれしさを通り越して、わが子の成功を祝うような感動だった。所員たちの努力や妻の苦労は、この一瞬に報いられた。
十二月二日にその週刊誌が発売されるや、異変が起こった。小売店に預けてあった「システム・ダイアリー」は三日間で姿を消し、ある大手文房具店では、予約注文の住所氏名が大学ノートをびっしり埋めつくした。
「すぐまわしてくれませんか。五十個でも百個でもいい」
電話は鳴りっぱなしで、残りの三千個はひっぱり凧になった。印刷屋に追加注文を出し、団地の奥さんたちを動員して、刷りあがったカードを箱に詰めては、小売店に届ける。その年のうちに八千個を売ったが、品不足の悲鳴はとぎれなかった。
各地の手帳マニアからつぎつぎに新しいアイデアが寄せられてきた。中にはシビアな批判もあった。
「理屈のうえでは、生涯の個人情報を整理することができる。しかし、紙が破けてしまってはどうにもならない。バインダー用の穴は最大のウイークポイントではないか」
それは図星である。ところが、この難題を解決したのも、起世子だった。
「あなた、新聞に石油からつくった化成紙のことが出ていたわ。ひっぱりにも水にも強くて、地図や選挙用ポスターに使われているんですって」
彼女は単身、王子製紙へ行って、担当者と語り合った。
「せっかくですが、ユポという化成紙は万年筆では書けないので、筆記用に使うことはあきらめていたんです」
「何を使えば書けますか?」
「油性のボールペンなら大丈夫です」
「それならやってみます」
普通紙と違って、印刷上の問題がいくつかあったが、メーカーが速乾性のインクを使う印刷業者を紹介してくれて、長期保存に耐える強いカードができあがった。
それから十年、しおり兼用ボールペン、電卓用ポケット、ダイヤグラム用バインダー、速読用下敷きレンズなど、アイデアに満ちた付属品が続々と開発され、システム・パーツの数は百を超えた。それらの機能については、すでに本誌のなかで各界の読者が折り紙をつけているから、ここにあらためて書き記す必要もないだろう。
「事務改善のシステムは、一つ成功すると必ずより高度な宿題が出る。手帳の場合もまったく同じです」
奈良總一郎は、いま「ナラコム」を主宰するかたわら、「システム・ダイアリー」に対してもさらに高度な機能を持たせようと、実験を続けている。
全国のファンも九万人に近づいて、愛好家の中では「S・D(システム・ダイアリー)友の会」をつくって、互いのアイデアを持ち寄ろうという気運が高まってきた。利用者からのフィードバックは、この手帳に新しい活力を注入することだろう。
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