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Zenithal Words− 安積詩集「一人のために」 −

  人には誰にでも失意や落胆の時があります。そういう時、傷ついたせ精神に清冽な勇気を与え、絶大な癒しを与えてくれるのが安積詩集です。
昭和初期から平成まで50版を重ねた実績のある、超ロングセラーです。
安積得也氏は1900年生まれ、旧制一高から東大英法科、内務省から英国へ派遣され、日本の失業保険の基礎を立案、終戦時は岡山県の知事でした。
不思議な因縁で、ナラコムの名誉顧問を1994年に亡くなるまでお願いできました。
2001年まで生きて「三世紀を生きるんだ」とお元気でしたが、あと6年 ― もう一歩でした。

日本人にはこんな美しい精神があったと、この詩を永く語り継いで行きたいものです。

Z−1 安積詩集「一人のために」(SDサイズ) 好評発売中です

    明日
はきだめに
えんど豆咲き
泥池から
蓮の花が育つ
人皆に
美しき 種子 たね あり
明日 あす 何が咲くか
持ち味
なぜこの世に
松があり梅がありばらがあるのであるか
なぜこの世に
馬があり獅子があり人間があるのであるか
なぜこの世に
地球があり太陽があり北斗七星があるのであるか
なぜ人間の持ち味が違い
ばらの色に区別があるのか
なぜだか知らない
しかしそういう世界に生きていることが
うれしいよ
みんな手をつないで
めいめいの持ち味を育て
一つの世界を育てようよ
みんなが同一でないことを感謝する
    光明
自分の中には
自分の知らない
自分がある
みんなの中には
みんなの知らない
みんながある
みんなえらい
みんな貴い
みんなみんな
天の秘蔵っ子
    高きもの
海を隔てて
三原山より富士と対す
われ登ること一歩ならば
富士高きことまた一歩
富士は高いかな
三原山の山てんに立ちて
富士いよいよ高し
三原山に登りて
わが高さを恥ず
悲しみよ
わが登り得たる高さを越えて
高きものを知り得ざるは悲しみよ
    しあわせもの僕
この眼があいて
自然が見える
しあわせものと僕を思う
この耳が澄んで
小鳥がきこえる
しあわせものと僕を思う
この傷がなおって
このくわがにぎれる
しあわせものと僕を思う
    一人のために
―あなたがたは、これらの小さい者のひとりをも軽んじないように、気をつけなさい。
あなた方に言うが、彼らの御使たちは天にあって、天にいますわたしの父のみ顔をいつも仰いでいるのである。あなた方はどう思うか。
ある人に百匹の羊があり、その中の一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、その迷い出ている羊をさがしに出かけないであろうか。
もしそれを見つけたなら、よく聞きなさい。
迷わないでいる九十九匹のためよりも、むしろその一匹のために喜ぶであろう。
そのように、これらの小さい者のひとりが滅びることは、天にいますあなたがたの父のみこころではない。
(マタイ伝一八章十―十四)―


最大多数の最大幸福に
すべての視線が
集中するとき
迷える羊一頭を もと めて
夜も眠らざる大教師をなつかしむ
一人 ひとり を徹底的に愛し得ぬ者が
なんで万人を愛し得るか
親に完全に捧げ得ぬ若者が
なんで社会に捧げ得るか
老人に席をゆずり得ぬ女学生が
なんで貧民全体をすくい得るか
個に徹せざる全は無力なり
具体に活現せざる抽象は空虚なり
我等いま縁の下の一隅に生く
光栄の縁の下よ
縁の下の一隅に
お前はなにを捧ぐるか
    坊や
坊や
善人となれ
人をふみつけて成功者になるよりは
貧しくとも清き善人となれ
坊や
お前は強くなるんだぞ
人間様を愛し
この世を美しくするために
獅子のように強くなるんだぞ
坊や
お前の好きなものになれ
しかしお前は
人間様の小使さんになるんだぞ
そして人間様のために
戦って戦って戦いぬくのだぞ
初冬の朝ぼらけだ
それ見ろ
富士が真白にそびえている
    光の子
友よ大きい日本人になれよ
こせこせした
自分のことばかり考えているケチな人間になることは
大生命のおすがたではない
お前の深い心
お前の人知れぬはたらきで
職場のどんな狭い一角
世界のどんな小さい一隅でもよいから
そこに元気よい幸福がみなぎり
そこから生命の光が立ち昇るように
よろこんで
縁の下ではたらこうよ
生きとし生けるものを可愛がり
仕事を可愛がり
日本を可愛がり
世界を可愛がる
光の子
光の中を溌剌と飛ぶ人
友よ
大きい日本人になれよ
     草莽 そうもう の偉人
ふしぎな男よ
独り立ちの名人とばかり思っていたら
共同作業のおどろくべき天才が
あの男の中に住んでいた
あんな立派な腕と自身を持ちながら
いつも縁の下の力持を喜んで
少年のようにいそいそしている
彼がいるのかいないのか  解らぬほど
自己滅却の環境に身を処して
それでいて
煙突のけむり一つにも
職場全体の車が気持ちよく廻るように
微妙なところに気を配って動いている男
一人の人間の中に
自己充実と自己滅却とが
一枚の紙のようにぴったりしている
ふしぎな男よ
わが分担を守りて絶妙
他の分担を助けて秀逸
各個作業にかけては抜群
共同作業に参じては天才
一億の民  かくの如くにして
道の国日本必ず成る
嗚呼草莽に偉人あり
    あの眼
    ―われ等の庶民哲学―
このひとびとの  こころごころの
あのまなざしに  こころ打たれる
あの眼は
謙虚な誓願に燃えながら
万人の理解を求めていない
あの眼は
一世紀の先を見ながら
待つことを知っている
あの眼は
日本だけを見ないで世界を見ている
むしろパウロの眼が
ユダヤ同胞を超えて異邦人を見たように
あの眼は
日本人の垣根を越えて
にぎりこぶしのように小さな地球の
全人類を見ている
あの眼は
モスクワに飢饉があれば
世界国という大家族に
不幸があったと感じ
アメリカの景気がよければ
世界家族の協同体に
しあわせが来たと受取る
あの眼が世界中の眼になる日を数えながら
わたしは生きる張り合いを感ずる
    観音様
観音様
あなたはいつも
他人の運命を考えていらっしゃる
他人の重荷が
あなたの骨の髄までしみこむ
あなたは
救わんとする意思の権化
静かな清らかなあなたのおすがた
しかし
火山のようなあなたのおこころ
    
お人よしの針
どこにでも割って入り
どんなぼろでも縫い合わせる
勇気のある針
曲がるくらいなら折れてしまう
威勢のいい針
無限の糸を尾に引いて
縫ってゆく  縫ってゆく
    童女のために
ねがわくは小さき魂をして
優しき純愛の人たらしめよ
隣人遠国人 となりびとくにびと の偉人にもかぎりなき しもべ として
日毎日毎に人間愛の創作者たらしめよ
識ると識らざるとにかかわらず
渾身の力を尽くして親切の誠を捧げしめよ
喜ぶ者と共に喜び  悲しむ者と共に悲しむ
厚き同情の人たらしめよ
もし智と情と意と兼ね備うる
完き人たるの難しくて
僅かにその一を許さるるとならば
願わくは唯深き温情の人たらしめよ
まことの世は愛に乾きたる世ぞ
冷たさにうずき悩める世ぞ
おろかなる父は
その手に託されたる童女のために
愛を措きてまた何をか願い求めんや
ああ愛なくして何の智ぞ
愛なくして何の能ぞ
愛なくして何の容貌ぞ
況んや愛なくして何の学校の点数ぞ
たとい万巻の書にまさる知識ありとも
又たとい千古の哲人に優る悟りありとても
愛なくば何の益かあらんや
愛なるかな  ああ愛なるかな
而して唯愛のみなるかな
おお いなるものよ
ねがわくはこのささやかなる生命の中に潜む純愛の蕾をして
風に耐え霜に耐えて
ゆたかに  おおらかに開花せしめよ
    手いっぱい
眼前のことで手いっぱいのときも
花を忘れまい
大空を忘れまい
おおいなるものましますことを
忘れまい
    条件
条件よ
お前が春の姿で来ようとも
冬枯れの姿で来ようとも
彼女はお前を歓迎する
身に振りかかる千態万様の条件の前に
微笑を失わぬ彼女
彼女は幸福料理の天才
忽ちお前を料理して
お前からよろこびの樹を生やし
大いなる土に緑蔭を捧げる
最悪の条件より
最善を創造するもの
汝の名を
強者という
    師匠
ろうそくの灯りが風に消えても
師匠は
私のそばにいてくれる

師匠は
私の意志が大義の前にしりごみするとき
鬼神も避くる渾身の勇気を
吹っこんでくれる 火吹き竹 ひふきだけ
私の智慧が目標に迷うてさまよい歩くとき
かしこに行けと指さしてくれる
決然たる方向指示機だ
私の情熱が凍結して
生きる張合いを失くそうとするとき
熱湯 万斛 ばんこく を注いで氷の壁を叩き破る
たくましき巨人の手のひらだ
私の前進を後押ししてくれる御師匠様
師匠の手のひらを私の背中に感ずる限り
私はこの世の感激を失わない

ろうそくの灯りが風に消えても
師匠は
私のそばにいてくれる
    
壁に写真が懸っている
二つの瞳が
じっと私を見つめている
先生がいつか言われたっけ
あなたの周囲の鏡には
大小さまざまな瞳が
とりどりの視線で
あなたをながめているかも知れない
しかしその鏡の一隅には
常に
讃美と激励と慰めとを以てあなたを見ている
二つの瞳のあることを
どうぞ覚えておいてくださいと
先生の御眼が
私を見つめている
壁よ
私の大切な写真を
いつもしっかりとささえておれ
    名教師
あなたについていると
自然に勉強したくなる
研究が面白くて止められない

あなたの手にかかると
ふしぎと自信が湧いて
突き当たった壁から光明がさしてくる

あなたのものさしを見ると
恥ずかしくていい気になれない
世界水準が私の眼を油断から救う

あなたの周囲にいる人は
めいめいの景色を許されながら
正直な持ち味で胸いっぱいの呼吸をする

あなたの下では
苦しみをも楽しみながら
誰も誰も優等生だ
    うしろ姿
語る人貴し
語るとも知らで
からだで語る人
さらに貴し
導く人貴し
導くとも知らで
うしろ姿で導く人
さらに貴し
    水滴
ポタリ
ポタリ
水の音がしている
人が聴いていても
いないでも
ポタリ
ポタリ
水の音がしている
    時計病患者
お前という時計馬鹿に物申す
四時に覚めたら注文どおり
三時に覚めたら一そう結構
五時に覚めても悔やむに及ばず
覚めたときにいざ起き出でて
朝の仕事にとりかかろう
なぜそんなに時計ばかり見るのだ
生命という名の芸術家が
人造時計の偽監督にメガホンを吹かれて
キョトキョトしている時計病患者よ
時計が何だ
時計は仕事の家来様だ
人造機械に忠義だてするより
生命の舞台監督に
お前の役割をきき給え
お前に告げる
お前は今日から
時計を見るな
    ぜんまい時計
ぜんまい時計よ
外側の電流が来ようが来まいが
内側の力でわが道を行くぜんまい時計よ
君はいつも
自分が自分の御主人様だ
動かす力が内側にあるから
人真似もせず
流行にもかぶれず
右にも左にも片寄らない
君は憐れんでおやりなさい
右から引っ張られれば右に走り
左から引っ張られれば左によろける
あのあわれな わら 人形を
君はさげすんでおやりなさい
いつも そと からの借りもので
自分の本音を鳴くことを知らない
あの悲しい おおむ ・・・
日本人はおおむ人種ではあるまいね
ほかの人間が何と言おうと
君はぜんまい人間だ
素直な正直なぜんまい青年だ
君は君自身のぜんまいで
ものごとを考える
だから君が何かを言ったなら
私はそれを信用する
それは君自身の声だからね
    リズム
昨日会った男のえらさよ
新築の家が丸焼けになったからとて
愚痴も言わず
投げ出しもせず
革命史を焼かれたカーライルよりも
悠然としてまた嬉々として
この世で時間の足らぬところは
来世の仕事に持ってゆきますと
個性の底知れぬ神秘に身をまかせ
天使のようなドン底の楽天を
確信のリズムに乗せている男
あの無造作な足どりの
懐疑を知らぬ純一無雑の
堂々として美しきよ
嗚呼私の眼にも見えるようだ
あの男のうしろで
神が背中を押していらっしゃる
今も眼に浮かぶ
昨日会った男のえらさよ
    平均を上げる人間
あの人が来てから
職場が明るい
あの人が来てから
職場に出るのが楽しみだ
あの人が来てから
驚くほど職場の平均が上がってきた
平均を上げる人間は えら いかな
一人残らず
平均を上げる人間になれ
    最低限
君はちっともむさぼらない
君はいつも
必要最低限で生きている
悠々として明かるく元気いっぱいに生きている
低く下りれば下りるほど
ふしぎにも
高い天が君を守る
君ほど貧しい人も少ないが
君ほど富める人を
私はめったに見たことがない
    植木鉢
植木鉢
お前の土は肥えており
お前の花は美しい
けれども
私はお前が不自由だ
土は せ花はみにくく
見てくれる人はなくとも
私は露天の大森林で
手足を張って胸いっぱいに呼吸しながら
うそのない生活を営みたい
健康な
び伸びと健康な生活を
    迷信
忙しくて勉強が出来ない
迷信なり
もう力が出ない
迷信なり
これ以上進めない
迷信なり
彼は 悪者わるものなり
迷信なり
私はもうだめです
大迷信なり
    豚のしっぽ
豚のしっぽは
終日動けども
何事も成さず
彼の実践は
標的を欠如せる無意義の彷徨のみ
汝はひもすがら忙がし
されど
汝は
豚のしっぽには非ざるか
    上り坂
朝もやの高原を自転車でゆく
軽く  らくらくと感じたときは
後でしらべてみると
下り坂だ
何か調子が重く
骨が折れると感じたときは
後でしらべてみると
上り坂だ
お前は今
下り坂にいるか
上り坂にいるか
    ポイントマン
闇深くして
颱風しきりなり

筋骨たくましき若者が
レールの岐路に立っている
誰かいみじくも名づけよう
汝の名を 転轍手ポイントマン と云う
お前に託された 槓杆こうかん
お前の太い腕節で
ガタンと一つうごかされたとき
列車の方向を決定する
道の国の日本の興隆するか
卑しき我利の国日本に顛楽するか
ガタンの一声はほむべきかな
嗚呼平和の行者若者
進歩の行者若者
良心の結氷を解かし
春を祖国にもたらすガタンの一声を
一億の命運にかけて
汝の一挙手に ぎょう ぜよ

闇深くして
颱風しきりなり
    荒野
君はいま荒野にいる
深い苦悶
深い絶望の嵐が
君の荒野を吹きまくる
君は勇敢にも
真っ裸になった
虚栄の衣裳を脱いだ男の姿を
俺は見守る
荒野の風よ吹きまくれ
その中にこそ
かって純真な求道者を育てた
大道場があった
真剣な求道者達は
笑って荒野に行った
そして実在の奥から
深い深い糸をひいた
荒野は未見の我の
発見場だ
静かに荒野を耕す者
君は幸福だ
俺はうれしい
    発光体
もしもこの世に
至高の宝座があるとしたら
それは何だろう
もし万有静寂の内において
久遠永劫くおんえいごう に人間の力を温める清泉があるとしたら
それは何だろう
もし神の賜わる 生命いのち の木があって
その枝に甘美の がなるとしたら
それはどんな だろう
もし宇宙巡礼の広野においても
狭き家庭の台所においても
燦然として強く輝く発光体があるとしたら
それは何だろう
私の愚なる心は
躊躇なく答える
それは素直なる心である
それは優しき心情であると

おおこれぞ人心の 最奥さいおうを照らす
人生最高の宝玉なるかな
この悠久強烈なる光輝に較べたなら
学識才智何ものぞ
容貌技能何ものぞ
そんな光りは
太陽の前のろうそくに等しい
ほやほやの若者を合掌せしめる
神々しきかな  素直なる心
ほやほやの若者を歓喜せしめる
なつかしきかな  柔らかき心
    純真
如何に見えるかよりも
如何にあるかを心配する
如何に見せるかよりも
如何に歩むかにこころする
眼前のボロを隠すよりも
溢れる真実で相手を包む
そういう女性を懐かしむ
    見舞状
見舞状よ
よく来てくれた
お前の 媒介ばいかい
私はお前の送り主と再会する
お前は私の枕元に
どんなに長く坐っていても
ちっとも私を疲らせない
お前は私の気分のよい時に
何度なんどでも出て来て呼びかけてくれる
お前の送り主は
こんなにも私を思っていてくれたのか
見舞状よ
私は床の中で
そっとお前に手を合わす
    返事
この葉書一枚で
その日一日幸福になれる魂が
私を待っている
この一枚を書くことが
今この瞬間
私のこの世の最大事業だ
    
大工さん
あなたは今
大殿堂信念館を建築した
土台は深く
屋根は高く
どんな地震にも つぶれない
堅固な美事な大建築
しかし  ものたりないものが一つある
あなたの殿堂には窓がない
より高き真理へと開かれた
自由自在の窓が
    三つの秘訣
今日から主婦になる若き乙女が
知らぬ人
知らぬ家
知らぬ環境の中に住み込むさきのことを思って
胸せまって考えた
私はどうしたらよいのだろう
声あり答えて曰く
秘訣が三つ
一に曰く
「ありがとう」
二に曰く
「どうぞ」
三に曰く
「ごめん下さい」
重ねて声あり
この三つの秘訣が
一つにつづまる
何であろうか
まごころ!
まごころ!
まごころ!
    
月が美しい
母のことが想われてならない
弱い心と弱い神経で
人一倍の受難の途を
あるいて来た母
可哀そうな母
この世における私の最初の記憶は
畳に顔を不俯せて泣いている母の肩に
わきから小さい片手を乗せて
しょんぼり坐っている
四つ頃の自分の姿だった
可哀そうなお母さん
お母さんを可愛がって上げるぞ
それだけでも
俺の生きてゆく意味がある
涙のむこうに おぼろの月が見ている
    一流
霧ケ峰の頂上から
富士が見える
穂高が見える
槍が見える
すべて一流の山々が
眼と眼で
挨拶をしあっている
一流は偉いなあ
歳晩の霧ケ峰に唯一人つっ立ったまま
一流なるものの沈黙の美に打たれる
    花一輪
地軸より天上につらなる
あの大枢軸に水脈を汲んで
生命の花一輪を
いつもたしかに咲かせていたい
    一すじの道
生命の水は
毎日汲みたい
生命の水を汲みながら
あの神苑の杉の樹のように
風吹かば風に吹かれて喜び
雨降らば雨に打たれてはたらき
照らば陽に照らされて伸び
どんな日にも
心の微笑は失わずに
この一すじの道を行こう
    途中下車
ちかって
これは最上です
いいえ
それは 昨日きのうの最上です
とうとう
終点に来ました
いいえ
そこは明日への途中下車です
    景色
あなたには
あなたの景色がある
あなたには
あなたでなければ見られない
天下唯一の景色がある
あなたは英雄
    詫状
そのことを思いながら
原稿をなまけ
そのことを思いながら
見舞の手紙も出さず
そのことを思いながら
会合をすっぽかし
そのことを思いながら
会費を滞納し
そのことを思いながら
一時間も遅刻した
困ったことには
たれ一人正面からわたしを攻撃しない
おひとよしの友から
律儀者と呼ばれたときの
身の置き場のないはずかしさ
どうしたらよいのだろうわたしは
わたしはあの世に行ってから
一人一人の友人に
詫状を出そう
    ある日の旅路
こころの痛手わずかに癒え
この旅路平安なり

しずかなる自然は黙し
われもまた黙す
自然とわれと
平安のこころ
ほほえみて相通うのみ
淡々はよきかな

カーライルにならい分母をゼロとして
なにものも求めず責めず
ひたすらに
内なる光を仰ぐ
淡々はよきかな

山つつじ今盛りなり
花あれば花をめで
花なければ
未見の蕾に合掌す
淡々はよきかな

こころの痛手わずかに癒え
この旅路平安なり
    ケーブルカー
        ―高尾山にて―

おまかせすれば
ありのまにまに
ひきあげられる
まるで人間がかわったように
あたらしい景色が
つぎつぎにひらけて来る
わたしは知った
高さにはかぎりがないということを
おまかせすれば
即時無条件
みぐるみこころぐるみ
よろこびのまにまに
ひきあげられる
ああケーブルカー
    やまぼうし
        ―高尾山にて―
高尾山のてっぺんに近く
わたしはおどろいて
一本のやまぼうしを見つめる
根もとのへんで
無惨にねじ折られたやまぼうしが
ねじ折られたままで地上を這いながら
青々と若葉をしげらせている
ねじ折られたままの
安定
伸張
繁茂
ああ
最悪の条件より
最善を創造するもの
汝を措いて誰をかほめよう
不屈の生命の
ねばりそのもののやまぼうしが
わたしに思い出させるのだ
一人の友と
一つの国を
    
        ―あなたの大庭にいる一日は、
        よそにいる千日にもまさるのです。
        (詩篇第八十四篇十節)―

机がここにある
勉強できる時がきたのか
勉強を逃げられぬ羽目にきたのか
わたしは知らない
たしかなことは
わたしの目はつぶれていないということだ
    通路
暗い夜がきて
手が凍るようです
こたつの火を消すまいと思って
灰の一方に通路をあけたとき
わたしはわたしのこころに命じた
魂に一つの通路をあけて
天に通いなさい
    合槌
        ―世には友らしい見せかけの友がある。
        しかし兄弟よりもたのもしい友もある。
        (箴言第十八章二十四節)―


何代目かの天皇が
なにがしという小かじに
朕のつるぎを打てと
お命じになった
御剣打つべしのはえのつとめを
小かじはことわった
わたしには合槌がござりませぬ
それが小かじの返事だった
ラジオでこの話をきいて
涙がこぼれた
合槌という言葉の
そこしれぬ神秘が私を打った
    花と蕾
くさむらの中に
小さな赤い花を見つけて
けさはうれしい
花のある朝は
花をよろこび
花のない日には
見えない蕾を
感謝する
    初日
昨日までの過去は
ウオーミングアップだったよ
今日から本番
    小石
        ―元旦の鏡ヶ浦―
お三ヶ日は晴ですと
おおみそかのラジオをそのまま
元旦の鏡ヶ浦は
太古のような静けさでした
めずらしい小石をひろおうとして
ふと身をかがめたとき
不思議な想念が
わたしの胸をよぎりました
最悪の条件より最善を創造するもの
汝の名を強者という
一九五六年の条件が
日本にゆるす最善の創造は何か
トインビーのページにくい入って
回答を歴史に さがそうとしたとき
ゆるやかな伴奏がおいかけてきました
祈りのとき
信じて求めるものは
みな与えられるのであろう
イエスの言葉でした
    (一九六五年一月一日)
    定木
わたしは定木が好きですし
あの棒高飛びのバーのように
めやすの目盛りをぐんぐん上げてゆくことが
たまらなく好きですが
大嫌いな定木が一つあります
公式という名の定木です
カテゴリーの魔物をのたうちまわらせ
不必要に人の世を窒息させて
無限大な成長のよろこびを
殺してまわる悪漢一人
汝の名を杓子定木と呼ぶ
    そう思うのだが
あらゆる汚れと
あらゆる恥辱を
身にうけてもよい
ただ一つ
人間を殺すことによって
自分が生きのびることだけは
何が何でもこばみつづけたい
そう思うのだが
    あの牛

まるで千年の未来があるように
のっしり
のっしり
あの牛は動いている
他の牛が駆け出しても
のっしり
ほかの牛がとまっていても
のっしり
おのが歩度に身をまかせ
背水の陣をしいて
決して後もどりをしない
ああ今日もまた朝日がのぼる
あの牛の眼はただ来年だけを見て
燃えている


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